札幌地方裁判所 昭和33年(レ)128号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕一、本件建物が被控訴人の所有であること、一二番地の一の土地が控訴人の所有であること、ならびに控訴人が右一二番地の一の土地上に別紙図面(イ)(ロ)間に高さ一〇・二一一一メートルの板塀および(ロ)(ハ)間に地上二・二一一九メートルの地点より高さ七・九九九二メートルの板塀をそれぞれ設置したことは当事者間に争いがなく<証拠>によれば、右各板塀は昭和二八年九月頃設置されたものであることが認められ、この認定に反する証拠はない。
二、当審検証(一、二回)の結果によれば、本件板塀は足場用丸太を八番線の針金で組み、それに幅二一センチメートルの板(鉋をかけていない。)を粗雑に打ちつけたものであり、本件建物とこの東側に隣接する控訴人所有の一二番地の一の土地上に建てられている控訴人所有の難波ビル(同ビルが控訴人の所有であることは当事者に争いがない。)との間の約一メートルの間隙のほぼ中央に、表面(右丸太の見えない側)を難波ビルに、裏面(右丸太の見える側)を本件建物に向けて設置されており、その高さは本件建物の三階の床面より二・〇五メートルのところまで達していること、本件建物のうち本件板塀に面して窓のある部分の部屋は一、二階は喫茶店、三階は歯科診療所となつているが、右各部屋とも外部に面する窓としては本件板塀の側にあるのみであるところ、一階喫茶店の窓ガラスのうち南側半分ほど、二階喫茶店の窓ガラスのうち北側半分ほど(当審証人高津清の証言による。)、および歯科診療所の窓ガラスのうち上部約二〇センチメートルを残して他はすべて板塀のためおおわれており、右の各窓と本件板塀との間隔は、一階部分は広くても一メートル、二階部分は約六〇センチメートル、三階部分は約七〇センチメートルであり、また一階の本件板塀におおわれていない部分の窓は直接難波ビルの西側壁に面し、その間隔は約一・二五メートルであること、そのため右各部屋とも板塀の影響を受け、ある程度通風・採光の便を悪くしていること、ならびに一階喫茶店の本件板塀に面する窓には厚地のカーテンがかかつているので板塀が見えない状態にあるが、二階喫茶店および歯科診療所の本件板塀に面する窓からは板塀がすぐ近くに見えるので(右二階喫茶店についてはレースのカーテンを通して、歯科診療所においてはブラインドの隙間を通して)、いずれも美観を害する眺望となつていることが認められる。また<証拠>によれば、株式会社不二屋札幌支店の経営する二階喫茶店は本件板塀のために通風・採光上悪影響を受け、営業上迷惑を感じていることが認められ、当審被控訴人代表者本人尋問の結果によれば、本件建物の各部屋は従前より他に事務室として賃貸してきたものであるが、たびたび賃借人が右代表者に対して本件板塀のため通風・採光などに不都合を感じていることを理由に板塀の撤去方を望んでいたことが認められ、以上の認定に反する証拠はない。
以上認定の事実のように本件板塀によつて本件建物の一部の通風・採光に支障をきたし、また本件建物を使用する際の美観を害して建物の使用・収益上好ましくない結果をもたらしているときは、本件建物の所有者である被控訴人は本件板塀の設置によつて本件建物所有権の円満なる内容の実現を侵害されているものというべきである。
ところで右のように形式的には所有権の侵害があるような場合でも、社会共同生活における互譲の精神からして社会生活上所有者がその侵害を忍容しなければならないものであるときは、所有物妨害排除請求権にもとづき侵害の除去を請求することは許されないものといわなければならないので、つぎに、本件板塀の設置による被控訴人の本件建物の所有権に対する侵害が被控訴人において忍容すべきものと一般に認められる程度を超えているかどうかについて検討する。
前記のとおり本件板塀は控訴人所有の土地上に設置されているから、右の設置行為は土地所有権にもとづくものというべきところ、<証拠>を総合すると、難波ビルは札幌駅前通りに面して間口一一・八一七メートル、奥行九・〇九メートルの木造三階建、一階九九・一七三五平方メートル、二階九九・一七三五平方メートル、三階八九・二五六一平方メートルの建物であり、その屋根はトタン葺でその東側から西側の本件建物に向つて片流れとなつており、その庇は本件建物三階の床上約三〇センチメートルの位置にあたり、また右庇と本件建物との間隔は約一メートルであること、このように建物と建物との間隔が非常に狭く、しかも難波ビルの屋根が片流れであるため、かつて本件板塀設置前の積雪期に難波ビルの屋根上に雪止め用のさんを設けてあつたにもかかわらず雪が右のさんを越えて屋根の先端部分にたまり、氷状の状態となつたことがあり控訴人においてそれをくだいて下に落したり、あるいは屋根上の雪を下に落したりしたが、その際本件建物もしくは以前本件建物とほぼ同位置にあつた被控訴人代表者所有の建物の窓ガラスを割つたということが三、四回あつて、そのたびに被控訴人側と控訴人との間に多少の紛争を生じたこと、そのために控訴人において右のような雪落しの際、被控訴人の建物の窓ガラスを破損したりしないよう格別の配慮をする必要があつたこと、また、難波ビルは各室を事務室として他に賃貸しているが西側の本件建物に面して窓があり、この二、三階の窓は本件建物の二、三階の窓より低い位置にあるため本件建物から内部を見られ得る場所的関係にあること、右のような諸事情のため控訴人は雪落しの際の便宜と本件建物から難波ビル内部を見られることを防ぐ趣旨で本件板塀を設置したことが認められる。以上の認定を覆すにたりる証拠はない。
右認定の事実によれば、控訴人の本件板塀を設置した行為は主として雪落しの際の便宜と隣接する建物からの観望を防止する目的から出たものというべきであり、被控訴人の主張するように、同人に対する加害のみを目的としたものとは認め難い。そして、難波ビルの屋根の構造上降雪期においては雪止めのさんがあつたとしてもそれを越えて雪が下に落ち、その際隣接する建物に何らかの損傷を与えるおそれがないとはいいきれず、更に、屋根上に積る雪をそのまま放置しておくと雪が氷状になつて屋根ひいては建物をも破損するなど建物の維持保存上好ましくない結果が生ずるおそれが多分にあり、それを防ぐため時折りいわゆる雪落しをする必要があるものと考えられるところ、難波ビルの屋根と本件建物との間隔がわずか一メートル程度に過ぎないので、右の雪落しの際氷状になつた雪の破片が飛び散り、そのため本件建物の窓ガラス等に損傷を与える可能性がないとはいい難い。また、本件建物と難波ビルとの位置関係からして、控訴人が本件建物より難波ビル内部を見通されることをきらい観望を防止しようとすること自体もその手段・方法ならびに目隠しをつけるべき法律上の義務の有無は別として一応理にかなつたものといえよう。しかして本件板塀は、右のような損傷・破損を防止し、観望を制限するためのものとして、必ずしもその目的に最もよく適合するものとはいい難いし、その形状、大きさおよび材質更にはその裏面を本件建物の側に向けて設置したことなどの点において、隣接する建物の通風・採光あるいは美観について何ら配慮しなかつたことは社会生活における互譲の精神を欠くものとして道義上非難されてしかるべきではあろうが、それでもともかく本件板塀が前記各目的実現に有用であることは否定できない。
そこでつぎに本件板塀の撤去が許されなかつたらこれによつて被控訴人の受けるべき不利益の程度と、右板塀の撤去を許したらこれによつて控訴人が受けるべき不利益ないし犠牲の程度とを比較考量するに、被控訴人の受ける不利益はその程度はさておき一応は本件建物の一部の部屋で通風・採光にある程度悪影響を受け、あるいはその美観を害されて、当該部屋の賃借人がその営業上あるいは感情の上で迷惑を感じ、その結果賃貸人たる被控訴人がその貸事務室業を経営するに当り不都合が生じるおそれがあり、結局本件建物所有権について所有権本来の円満なる内容の実現を阻害される結果となるということができる。しかしながら、本件建物と難波ビルとの間は前記のとおりわずかに一メートル程度の間隔があるのみであり、また<証拠>によれば、難波ビルはかなり老朽化した建物であり、本件建物の一階部分に面する外壁は一部トタン張り、一部モルタル塗りで、しかもモルタルは数カ所はげ落ちているような状態であることが認められるから、仮に本件板塀を撤去したとしてもそれによつて被控訴人の受ける通風・採光および美観上の利益は、板塀のないときより著しく大きいとまではいえない。一方、控訴人の側においては、本件板塀が撤去されると前記のようなその設置によつて受ける利益を失うこととなるが、右の利益を失うといつても、本件板塀以外の他の方法によつてそれを短時日のうちに回復し得ることは費用及び手間の点からみても必ずしも困難なものとは考えられないし、本件板塀ないしはそれに代るものがないことによつて受ける不利益が社会通念上認容すべきものとされる範囲を超えたものともいい難い。結局のところ、被控訴人・控訴人の受ける前記各不利益はそれ程大きなものではなく、更にその程度についてもいわば甲乙つけ難いというべきである。
そして、当審検証(一、二回)の結果によれば、本件建物はその東側を難波ビルを隔てていわゆる駅前通り(西四丁目通)に面し、その南側は南一条通に面し、付近一帯にデパート、会社、銀行、商店などのビルデイングが数多く軒を接して立ち並ぶ札幌市の商業の中心地であるいわゆる十字街に位置していることが認められ、このようないわゆるビル街にあつては、通常、相接する建物相互間でそれぞれの通風・採光あるいは美観を妨げあつている関係にあるといえるし、またその通風・採光は、もちろん建物の外部からの自然に入る大気・光も無視することはできないであろうが、それよりもむしろ、建物内部におけるエア・コンデイシヨニングの装置とか照明設備に依拠すべきものと考えられ、実際にもそのように行われているのが通常であろう。
また更に、<証拠>を総合すれば、本件建物は昭和二八年に地下一階、地上五階の鉄筋コンクリート造の建物として建築されたが、その東側に隣接して控訴人所有の難波ビルが当時存在していたのにもかかわらず本件建物の東側全面に通常道路に面して設置される窓と同様の窓を設置したこと、本件建物建築当時その東側隣地である難波ビルの敷地部分は札幌市の都市計画により駅前通りの道路拡張のため道路敷地となる予定であつたこと、被控訴人の発行した本件建物のパンフレツトにも右都市計画を前提として本件建物の東側が直接駅前通りに面した位置にあることを表示していることが認められ、右認定の事実からすると本件建物の東側全面に窓を設置したことは将来都市計画の実施により本件建物の東側が直接駅前通りに面することを予定してなされたもので、その東側一部に隣接する控訴人所有の難波ビルの存在することになんらの顧慮もはらわなかつたものと考えられるのであり、このことからみれば本件建物の東側難波ビルの西側に接する部分においてその設置した窓からの通風・採光に不便を生じることのあることは被控訴人においてもある程度忍受しなければならないものというべきである。
三、以上認定した諸事情を勘案すれば、控訴人が本件板塀を設置した行為は板塀の形状、大きさ、材質などの点で妥当を欠くきらいがあり、控訴人に責められるべき点がないとはいえないが、いまだこれをもつて所有権濫用の行為とはいえず、右板塀の設置によつて被控訴人の被る不利益は社会共同生活において忍容しなければならない程度を超えたものとはいえない。したがつて、被控訴人の本件板塀の撤去の請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。(大久保敏雄 宮本増 根本真)